みりとの奇跡 ~ One in a million ~


小さな体で慢性腎不全・甲状腺機能亢進症と懸命に闘うみり(1989.7.1生まれ♀21歳)と、無知な飼い主ふたりの看護日記。
by miri-mama
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カテゴリ:その他( 30 )

おかえり

1年間、本当にいろんなことがあって、



いろんなことを考えさせられました。








ペットロスの部分を、全部読んで下さった皆様、



今まで、ずっと私を励まして下さった皆様、



本当にありがとうございました。








みりが旅立った直後、みりの身体を抱きしめて、



『ありがとね、みり。絶対またんがぁのとこに戻って来てね、お願いね。』



と泣きました。







1年間、

『みり、生まれ変わったら、絶対んがぁの所に戻って来て』

と泣き続けました。






みりが生まれ変わるとしても、また三毛猫の姿とは限らない。




常に里親募集の記事を見ていたわけでもなかったし、




見付けられる自信もありませんでした。









でも、今、私の横には、こんな後ろ姿があります。










c0201113_21391274.jpg
















出逢いや、引き取る事になった経緯や、その他もろもろにいろんな事情があって、

しばらくの間、この子のことを書けずにいました。





ご心配いただいてた皆様には、ご報告が遅くなってしまったこと、

本当に申し訳なく思っています。




ご報告出来ずにいる間、

自分の気持ちを整理する意味で、この1年のことを書きました。




この子に出逢えてなかったら、きっとまだ何も書けなかったと思います。



















2代目のビジョンが全く見えないままで、


どうしたらいいのか‥と思っているところでの、突然の出逢いでした。







まだ病んでた状態だったと思うし、


猟奇的な考え方だったのは間違いなかったけど、


この子が写ってる小さい写真を見た瞬間、激しく錯乱しました。






みりが、私だけにわかる合図を送ってくれて、


奇跡的にそれをキャッチ出来たということなのか、






やっぱり、この姿がそばに無いのがもう耐えられなかったからなのか、








わかりません。








でも、私は、みりが戻って来てくれたんだな‥と思っています。


みりの23回目のお誕生日の数時間前に、この家に来てくれました。








おでこに、みりの魂の証 『M』 の文字を付けて。







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子供の頃のみり↓
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みり、んがぁの事が心配だったね‥

ごめんね‥

たくさん泣いて、たくさん暴れて、心配かけたね‥

ごめんね‥






ありがとね‥





おかえり。










最期の瞬間に起きた出来事が、最後の奇跡だと思っていました。


でも、これも、みりが起こしてくれた奇跡なんだと思っています。











1年間、生き物を飼うのに最も向かない性格なんだな‥ってことを、


イヤっていう程味わいました。


今でも不安です。





でも、立ち直りが早い夫もいる事だし、


なんとかがんばって育てて行きます。






このブログは、今後どういう形で続けるか、まだわかりません。


みりの写真(子供の頃の写真はクリア出来ています)が見れるようになったら、


みりのことを中心に書いて行きたいな~と思ったりもしています。










今まで私とみりを支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。


今後ともよろしくお願いします。
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by miri-mama | 2012-08-14 22:23 | その他

今の正直な気持ち。

父は元気です。
ご心配おかけしました。


前回更新の後‥
いろーんなことがあって、
わずかにあった前向きな気持ちも根こそぎ奪われ、この世にはもうなんの未練もなくなりました。


皆さまへのお返事も、パソコンからの更新も、ずっと出来ずにいます。

みりがいてくれて幸せだった頃の記録や写真がいっぱい詰まったパソコンに近づくことすら出来ません。

安心していただけるようなことがひとつも書けず、本当に申し訳なく思います。

こんなことを書くのもイヤで、ずっと更新しませんでしたが、今こんな気持ちでいることも残しておくために、書いています。

続き‥
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by miri-mama | 2011-07-16 15:29 | その他

福島滞在7日目。

6月11日(土)の午前中、とりあえず1泊帰省のつもりで気楽に新幹線に乗りましたが、新幹線降りる直前から怒涛の展開で、今日で福島滞在7日目です‥

前半3日間の間に、父を2度病院へ緊急搬送。(今回の手術とは別の疾患で)

今回の心臓の手術は、予定通り昨日入院、今日午前中手術しました。

手術は無事成功したのですが、いくら言ってもジッとしてない父に、母・姉・私の3人はぐったり放心状態。

完全看護の病院ですが、今晩は母と私が付き添いで泊まることになりました。

とりあえず仕事はアシスタントに丸投げと、電話手配でなんとかやりくりしてます。

着替えもキャッシュカードも持たずに帰省して、いろいろ限界です。
日曜日に戻るつもりです。

ご心配かけっぱなしですみません。
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by miri-mama | 2011-06-17 17:51 | その他

ご心配おかけしました。

慌ててアップした記事で、大変ご心配おかけしました。


7日、父の病院に同行し、検査に付き添うことが出来ました。
検査が終わり、私はそのまま新幹線に乗って帰って来ました。

今日になり、いろいろと結果が出て、来週手術することになりそうです。

父本人の気持ち、母の気持ち、私の気持ち、姉・兄の気持ち‥
それぞれがそれぞれで、どこに着地するのが一番いいのか‥
とても難しかった‥

明日からまた帰省しようかどうしようか、‥と悩んでいるところです。


みりのことも、まだ気持ちの整理が出来ていません。

ご覧の通り、作文能力もありません。

皆様への感謝の気持ちもなかなか文章化できず、お返事遅れていてすみません。


しばらくは、父のことでてんやわんやになりそうで、
また次にアップできるのがいつになるのかわかりませんが‥


とにかくしっかりしなきゃー。
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by miri-mama | 2011-06-09 23:44 | その他

帰省。

土曜日が初七日でした。


目が覚めた時、みりがいないことが理解出来ず、毎朝錯乱しています。

でも、皆様からいただいたコメントが、
私の背中を、

やさしく『とんとん‥ とんとん‥』

て、してくれています。


本当にありがとうございます。



私がみりのお見送りでいっぱいいっぱいになっている頃、福島の父の体調に変化があったようで、母は私に気を遣って、みりの初七日が過ぎるまでは‥と、話さずにいたとのことでした。

明日(7日)、大きな病院で医師と話す予定になっているとのことで、急遽私もそれに同行することになり、今から新幹線に乗ります。

震災後初帰省が、こんなバタバタになってしまいましたが、

とりあえず、行って来ます。
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by miri-mama | 2011-06-06 10:56 | その他

避難して来た。

3月18日(金) 郡山の家を出発してから10時間半後の19時半、姉達は無事到着。

姉、車でうちに来た事無いのに、終始一般道なのに、ナビ無しの車で、地図も持たずに、だけで来ようとしていた。(動物かっ)
途中で地図を買うように言い、私がわかる辺りからは、同乗してる甥と電話で話しながら、曲がるとこの指示したりして、やっと辿り着く。

来る途中に通過した町が計画停電中だったようで、見知らぬ街で、真っ暗で、信号も消えてて、本当に運転怖かったと。

とにかくおつかれおつかれってことで、夕飯。

避難生活初日の夕飯メニューは‥↓

S務様から頂いてた100g3000円(爆)のステーキ。
(上がサーロイン、下がヒレ。この日はサーロインにしてみた。)
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                (↑頂いて来た日に撮った写真)


S務様から頂いてた宇都宮餃子。
(これがまた、1個1個がデカくて超うまい。夫婦ふたりで食べきるのには大変な程頂いてて‥)
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  (↑別の日に撮った写真。デカさがあまり伝わらないかな‥とにかくデカい。)


あと、サラダと、ぴゃんママが作ってくれた煮物、ぬか漬け。


甥・姪に

『これから日本を背負って立つ人達がお肉全部食べな。お母さん(←姉)と、〇ちゃん(←私)は、もう年寄りなんだからね、日本を背負って立てないし、肉食べてもただ太って終わりなんだから。』

と言うと、すでに箸持ってヤル気満々だった姉、

『え?あたしこの肉食べちゃダメなの?』

『あんたとあたしは、漬け物とごはん。』

『え( ̄▽ ̄;)?‥肉だけじゃなくて他のおかずもダメなのね‥(-_-;)』

甥・姪、笑いながらもりもり食べる。
姉も、(2人が残したおかずを)もりもり食べる。


食後は、地震当日の話をしたり、原発の話をしたり、これからの話をしたり、不安な話もたくさんしたけど、とりあえず、遠くまで来たんだから、安心して寝てね、‥ってことで、1階避難所(狭い和室)にぎっちぎちに布団敷いて、誰がどこに寝るかぐだぐだひとしきりモメて、就寝。


あ‥ぴゃん忘れてた。
避難民が布団敷く前に帰って来たんだった。
帰って来たらみんながいて、ちょっとはしゃいでた。(子供かっ)
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by miri-mama | 2011-04-26 22:02 | その他

避難するまで。その3(ガラガラの棚)

‥て、いつになったら避難して来るんだーーーーー!!・・・ですよね(-_-;)


*********************************

本文に入る前に、とりあえず言い訳。
2月中旬からみりの目の事と、確定申告の作業に追われ、3月に入ってからも2月分の『請求書書き』が出来ていませんでした。(それはいつものことだろがぃ)
確定申告の準備が整い、税理士さんとの確認作業も終わって、ホッとしたところにあの大地震‥
精神状態もめちゃくちゃになり、『請求書書き』なんて言葉は一切浮かんでも来ませんでした。
そして避難民ズが来て、みりの怒濤の日々が重なり、3月も終わる。(・・・)
4月に入り、みりが落ち着き、避難民が帰り、ぎゅいーーーーーんと一気に現実に引き戻され、目の前には2月分・3月分の『請求書書き』・・・・
とりあえず、スケジュール見ながら領収書の整理を‥と思って取りかかろうとしましたが‥


3月11日以前のスケジュールや領収書を見るのが、どーーーしてもイヤ。


3月11日当日のスケジュールや領収書を見るのも、どーーーしてもイヤ。





それよりなにより、




記憶が無い。





2月・3月は、思い出したくない事が多過ぎたせいか、本当に思い出せない。
(大地震翌日から携帯日記も付けていない)

せっかく忘れてるんだから、出来る事なら振り返りたくない。
『請求書』だろうと何だとうと、その期間の事はもう無かった事にしたいぐらい。


取りかかろうと思っても、体中の力がどっさり抜け、机に突っ伏して、頭ぐるぐる、吐き気に襲われ、何も思い出せない。


でも、やんなきゃ‥


吐きそうになりながら失われた記憶を呼び戻し、何日もかけて少しずつ少しずつやりました。


‥で、やっと終わりました。


そんなこんなで、皆様へのお返事も遅くなり、記事のアップも遅くなった次第です。

(言い訳、長っ)


*********************************


さてさて、3月18日。

姉達を待っている間、ターボ全開でゴミ屋敷と格闘したわけですが、
身内だし、寝る場所があればきったなくてもいっか。‥と開き直り、午後になって、飲み物やお菓子を買おうと、近所の(食料品も売ってる)ドラッグストアに歩いて行ってみることにしました。

3月11日の大震災後、8時間半かけて帰宅して、それ以来初めての外出。

玄関を出たのが約7日ぶり

靴を履いたのも約7日ぶり

どんだけ引きこもったんだー( ̄▽ ̄;)‥と、自分でもびっくり。
7日ぶりに靴を履いて歩いたら、足の裏がふわふわして、違和感満載。
徒歩7~8分のとこにあるドラッグストアだけど、たどり着けるかな‥帰って来れるかな‥と不安になる程。

なんとかたどり着けて、食料品売り場に行くと、テレビで流れてる光景が広がる。

ガラガラの棚

姉達が夕飯うちで食べるとしても、米もあるし、冷凍庫にはS務様から頂いた高級食材がぎっちり(笑)だから、今日は大丈夫か‥

しかし、飲み物とか‥うちに全然無いけど、大丈夫かな‥
明日の朝ごはんはどうしようかな‥
今日から5人暮らしか‥


は!?


5人!?(遅っ)


今日から5人暮らしだって事にやっと気付いて、改めてガラガラの棚を見たら、
背筋が凍った

テレビでガラガラの棚を見て、食べたい物じゃなくても有る物をちびちび食べてりゃいいのに~‥って思ってたのは、うちが中年の2人暮らしだから。
(しかも、夫は平日家で夕飯食べることも少ない。ほぼ私一人分。なんならダイエットの為に1食抜いたほうがいいくらい。)

だけど、食べ盛りが何人もいる家庭(しかも春休みだと1日3食)は、1日の食料品消費量がハンパない。
(思い起こせば、私自身が3人きょうだいの5人家族だったし、ぴゃんのお姉さんちが、現在食べ盛りの男子3人の5人家族。)
兄が中学~高校の間は、毎日どデカイ弁当持ちだったから、1日1升以上炊いていた。
普段の1日分の食料品買うのだって、買い占めかって位の量だった。

そうだよね‥
いくらなんでも、人数多い家は焦るよね‥

夫婦2人なら、高い野菜買って作るより、時間合わせてササっと外食しちゃったほうが安上がりってこともあるだろうけど、食事の時間バラバラ、食べ盛りもいる、‥って家庭だと、外食するのも難しいよね‥

そう思ってこのガラガラを見たら、ホントに恐ろしい。

‥そんな事を考えながら、インスタントラーメンとか、パンとか、お菓子とか、残り物の中から、1人が買っていい数を買う。

足の裏が変な感じのまま、てくてく家に向かいながら、これからどうなっちゃうのかな‥お姉は無事にたどり着けるかな‥福島どうなっちゃうのかな‥やべ、布団あんのかな‥等々、考える。


家に帰り、いくら身内でも、もうちっときれいな方がいいんじゃね?‥と思い直し、
再びゴミ屋敷と闘う。


~つづく~
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by miri-mama | 2011-04-23 16:41 | その他

避難するまで。その2(個人で避難するにあたって)

ゴミ屋敷と格闘してる辺りから書かなければならないのが、すごく昔すぎてアレなんですけど(笑)
いや、ゴミ屋敷はこの際どうでもいいか。(実際途中で格闘諦めたし。)

今現在、脳がいつも以上に誤作動起こしっぱなしで、腰痛くなってみたり、
吐き気してみたり、毒だけじゃんじゃかじゃんじゃか製造してくれたりしてまして、
作文能力ゼロ、そして、常にぐらぐらぐらぐら揺れてるもんだから、わたくしデロデロです。

一気にいろんな事を書くのは無理っぽいので、小出しに書きます。
すみません(-_-;)




姉が避難する前日、私の家の近所に住む従妹(対人間の看護師)が、
福島から個人で避難する場合、どこかで放射能検査をしてからでなければ、
避難した先の病院が受診できなくなってると教えてくれました。
従妹が勤める病院にもその通達が来たと。
集団で県外の避難所に避難する場合は、各避難所で検査しているが、
個人の場合は検査をせずに県外に出た人が多いと。

17日の夜(まだどこに避難するか決まってない段階)、姉に電話して、
『どこに逃げるとしても、県外に出る前にどこかの避難所に寄って、放射能検査をしてから県外に出て。そうじゃないと、避難先で病気になっても病院受診出来ないかもしれないから。証明書が発行されるかどうかわかんないけど、とにかく県内で放射能検査受けないと避難した先で保健所を探さなきゃならなくなるし、県外の保健所が検査してくれるのかどうかわからないから、県内の避難所でやってもらうのが一番確実だから。』
と言うと、姉は、
『私達って、もうそんな扱いなの!?』
と。

悲しいことに、そうなんだよ。
でも、あんたがそんな風に言っちゃダメ。
県外に出る前に検査して、なんでもないってわかれば(不安定になってる)F(姪)も安心するだろうし、その為の検査だと思って、ちゃんと受けなよ。と。


翌日朝、姉達3人は家を出て、私に電話をした後、まず避難所に向かう。
3人とも放射能検査を受け、無事クリア。
証明書が発行されないとの事で、甥が機転を利かせて、検査受けてる様子を携帯で写真に撮ったと。
それはナイスだ~。
F達の数値が大丈夫ってことは、残してきた両方のおじいちゃんおばあちゃんも大丈夫、お父さんも大丈夫、コロ(姉の家の犬)も大丈夫。
よかったね~。
安心してこっちに向かいな~。

‥って、一般道で来るのって、一体何時間かかるんだ????


で、待ってる間、私はひたすらゴミ屋敷と闘う。(あら‥結局ここに戻った‥)


~つづく~
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by miri-mama | 2011-04-13 14:27 | その他

避難するまで。

18日(金)に、郡山に住む姉が、
甥(北海道の大学在学の20歳、郡山に帰省中に大地震に遭う。)と、
姪(郡山の中学の2年生。)を連れて、うちに避難して来ました。


11日の大地震発生当時、姪は自宅1階の茶の間に1人で居て(甥は2階自室)
家も家具も大きく揺れ、物がドサドサ飛んで来る中、
サッシから外に出ようとしたら(揺れの影響で)網戸が開かず、
網戸を蹴破って外に出ました。
その場にへたり込み(瓦屋根じゃなくて良かった)、悲鳴のような泣き声をあげて泣いていたと。
やっとの思いで自室から降りて来た甥と、目の前の祖父母(姉の義父母)の家に避難しました。

その日の夜は、姉の家の地域は停電。
家族全員で肩を寄せ合って、1部屋に寝たそうですが、姪は不安定な状態が続き、いつでも逃げれるように一晩中サッシに手を伸ばしたままで、余震の度にサッシをガラガラっと開け続けていたそうです。


そして、原発事故。


次々と爆発する映像、1日に何度も変わる放射能の数値、20km圏内避難勧告、20~30km屋内退避‥

強い余震が続き、大地震のトラウマも癒えないうちに、そんな情報の中にずっと居て、周りの大人がいくら『大丈夫だから』と言っても、誰かが閉め忘れていないかと家中の窓を30分置きに見回り、ちょっと外に出た家族でも、『外で服を脱いでビニール袋に入れて!』『髪も洗って!』『手も洗って!』『うがいして!』‥と、泣いて訴えるようになってしまいました。
ごはんも食べれない、水分も摂れない‥


福島県に居るのが怖い。


‥そんな状態になってしまいました。


姉一家は、何度も何度も話し合いをして、姪の精神状態を最優先に考え、避難することに決めました。

家族みんなで避難したいという姪を説得し、(姉の夫は仕事があるし、避難するのも自力で出来るから)義父母と姉・甥・姪の5人で避難するということで話がまとまりました。

姪は、私の両親を置いて行くのもイヤだと言うので、17日夜、姉と甥がうちの実家に行き、両親を説得。
(その直前に、私も兄も説得の電話をしました。)


父は快諾。

‥が、母が断固拒否。


『何が来ようと、ここで死ぬ』



姉も甥も、電話で中継されてた私も、大号泣で説得。


ガソリン不足などの問題がてんこ盛りの時でしたが、いざという時には、どんな事をしてでも迎えに行って、両親をうちに連れて来ようと覚悟を決めていた所でした。
姉が避難するならば、そのついでに両親をうちに連れて来てもらいたかったので、しつこくしつこく母を説得しました。


でも、無理でした。


父は、前立腺の病気があります。
手術も詳しい検査もしないと言い張る父の面倒は、本当に大変なようで、
私にその思いをさせたくないと。


最期まで自分が面倒見て、自分もここで死ぬと。


実家は、田村市。
田村市の一部は屋内退避区域に入ってしまいましたが、うちの町はその区域の外です。
でも、屋根瓦が落ちると危ないからと修理を頼んでも、来てもらえませんでした。
屋内退避区域の近くだから。
市内の業者でさえ、そんな事を言います。

故郷だけど、そんな状態の所に80過ぎの両親を置いておきたくなかったです。



でも、母にしてみたら、80年住んだ土地。
人も好き。
誰がなんと言おうと、何が降って来ようと、死ぬまでそこで生きていたい。


もう諦めるしかありませんでした。


もしどうしても連れて来なければならなくなったら、兄と私とで何とかするから、姪最優先で姉一家は避難してと言いました。


母の説得を諦め、姉は自分の家に帰り、家族会議。
(姉の夫以外の)5人・車2台で避難するとなると、どこに行くか。
新潟まで行き、フェリーに乗り、甥のアパート(2DK)がある北海道か。
(私の兄の提案で)兄のマンション(練馬区)の近くのビジネスホテルで何泊かして、短期でアパートを借りるか。

とにかく人数が多いから、落ち着き先も問題。

姉の義父母は、うちの母の決断を聞いて、気持ちが揺らいだそうです。
自分達も、出来ればここを離れたくないと。

自分達がいると、移動も、避難生活も大変‥と思ったのかも知れません。



翌日(18日)朝9時、姉から電話。(家族会議は深夜までかかったようで、結果は前日のうちには聞かされてなかった。)

『今、K(甥)とF(姪)を連れて、出発したから』と。


『え!?‥3人なの!?‥どこに!?‥北海道!?』


『いやいや、そっち』


『そっちって?お兄ちゃんが予約するって言ってたホテル?』


『いや、あんたんち。お世話になります。』





‥という事で、うちが避難所になりました。


とにかく姪が福島を出ることが出来るようになって、本当に良かった。







良かったんだけど、うちの1階はぴゃんに『ゴミ屋敷』と呼ばれていた。


電話切った直後から、『ゴミ屋敷』と格闘。




~つづく~
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by miri-mama | 2011-03-22 23:49 | その他

帰ってきました!

先程(3時少し前)、無事帰って来ました。

みりは、キンキンに冷えた真っ暗な寝室で、おりこうに待っててくれました。

ひとつだけラッキーだったのは、昨日(もうおとといだけど)カゴベッドに入れたホッカイロ、持続時間18時間のはずが、まだほんのり温かかったんです!
(入れてから何時間経ってるのか、今の私の脳みそでは計算できず。とにかく倍以上。(ざっくりし過ぎ))

ほんのりでも温かくて、本当によかった!

みりは、怖かっただろうに、寒かっただろうに、心細かっただろうに、
本当によくがんばりました。

いつもよりちょっとだけごちそうな缶詰を出したら、爆食です(^_^;)

ご心配おかけしました。
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by miri-mama | 2011-03-12 03:17 | その他

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みり数値

【腎臓】
  日付  《BUN》《CRE》
'08.03.07《52.2》《2.0》
'08.03.20《33.3》《1.2》
'08.04.14《26.7》《1.5》
'08.06.14《32.8》《1.9》
'08.08.08《27.3》《2.2》
'08.09.27《33.9》《2.7》
'08.11.17《34.0》《3.4》
'08.11.22《36.5》《3.1》
'08.11.26《35.5》《3.4》
'08.12.13《36.0》《2.0》
'09.02.17《31.5》《1.8》
'09.05.16《43.1》《2.4》
'09.06.13《33.7》《2.4》
'09.08.08《37.1》《2.3》
'09.09.04《36.9》《2.1》
'09.10.05《29.7》《2.1》
'09.11.14《33.8》《1.6》
'09.12.19《36.3》《1.8》
'10.02.20《37.4》《1.5》
'10.04.17《30.7》《1.7》
'10.05.29《38.6》《1.9》
'10.07.31《37.2》《2.5》
'10.10.16《35.2》《1.9》
'11.01.04《40.1》《2.1》

参考基準値
BUN 17.6~32.8
CRE 0.8~1.8


【甲状腺】
'08.03.07 《5.2》
'08.03.20 《1.2》
'08.08.09 《4.4》
'08.11.17 《0.4》
'09.05.17 《1.8》
'10.02.20 《3.6》
'10.04.17 《4.8》
'10.05.29 《3.0》
'10.07.31 《2.5》
'10.10.16 《5.8》
'11.01.04 《3.6》

参考基準値 0.9~3.8

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